お酒と建物、ときどきホットケーキ

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2010/08/10

東京の誰もいない場所を探して

なんてタイトルつけると、ちょっとアンニュイな気分になった厨二っぽくもありますが、
ただ単に「せっかく作ったのに人気が無い公共空間」が好きなだけです。

もちろん、閑古鳥が鳴いている公共施設(世間的には無駄の一言で済まされてる場所)は
世の中にたくさんありますが、やっぱり無人の価値は、人で溢れる都心にあるだろうと、
昔の記憶を頼りに、ちょっと撮影してきました。

 

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開通して、それほど経っていない上野~御徒町の中央通りの真下の地下人道。
JR上野、 御徒町、東京メトロ上野、上野広小路、仲御徒町、京成上野、都営地下鉄上野御徒町の
7駅を結ぶ巨大な地下通路です。
正直、工事が長すぎて、終わるものとは思ってませんでした(工期は8年くらい)。
いわゆる「日本のサグラダ・ファミリア」のひとつ(他は横浜駅と新宿駅)。

あれ? 意外と人がいるんではないか?
供用開始直後に行った時は、JR上野から上野広小路まで、誰にも会わずに踏破できたのに!!

 

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んー?
どこ見ても、ちゃんと人がいるなぁ…。
この地下道は、既設の銀座線と上下に並行していることから、結構深いところにあるんですよね。
なので、階段をわざわざ降りるのも面倒って人は、普段ここを使うのは稀なんですが、
この撮影日、お外は気温が37度を超えていたので、熱中症を心配して、潜ってきた人が
いたのかも知れません。

 

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所変わって、こちらは東京駅の京葉線地下ホームの上。
丸の内自由通路へ抜ける際に通る角地と、オマケ程度の6番出口があるスペースです。
角地って割には、異様なほどの広さですが、たぶん、上下に何か隠されたものが
あるんじゃないかと思います(変電所とか車掌区とか)。

前方に人影が見えますが、あのあたりは夢と魔法の国に毒された人たちの狂気が渦巻いてます。
しかし、ちょっと離れるだけでこの虚無感!!
以前だったら、人影も見えないほどの閑古鳥で、奥を流れる地下用水(もちろん飾り)の水音だけが
響いている不気味な空間でした。
しかし、今では丸の内側と行き来する需要も増え、京葉線沿線の人口も当時から格段に伸びて
いますので、ほとんど不気味さはありません。
流れる水もストップして久しく、今はホームレスの方々の居場所になってたりします。

 

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それにしたって、この天井はバブリーだ。
京葉線の東京駅開業は1990年の3月。びっくりするほどバブルの真っ只中です。
JRは民営化直後で、そんなに余裕は無いはずなんですが、まぁ世間の流れとして、
こういう装飾、よく見かけましたよねw

 

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ひとつ前の写真にも見える丸の内自由通路。
ここから横須賀線地下ホーム方面へダイレクトにアクセスできます。
以前は、ここも悲しくなるほど誰もいない場所だったのですが、丸の内オフィス街の商業化が
進んだことも影響してか、結構賑やかになりました。

 

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とはいえ、こんな不思議な空間が脇にあったり。
出口に繋がる場所でもなく、イベントスペースでもなく。
奥にある扉を作るだけのための空間であれば、わざわざ作る必要も無いのでは…

不思議だわねぇ。

 

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丸の内へ移動して、最後の締め。
丸ビルと新丸ビルの間から皇居へ続く行幸通りの地下に開設された新しい地下道です。
ここは本当に人がいません。
丸の内の商業の中心施設を2つも要しているというのに、買い物客を見ることはありません。
千代田線の二重橋前、三田線の大手町から丸ビルとかを利用したい時には、実に便利な
地下道なんですけど、駅構内での案内が不十分なためか(地下道入口がわかりづらすぎる)、
知ってる人だけ使ってる感じがします。

 

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三菱地所の丸の内開発の歴史も学べたりして、本当に楽しい場所なのに!!
衆知が行き届いていないのは、本当に残念な場所。
それで混雑したら、それはそれで残念だったりするわけですが…。

 

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ちなみに、真ん中ではカラーの電光ニュースがグルグルと流れてます。
一日に何件ものニュースが報じられているんでしょうけど、さて、読んでいる人はどれだけいるのやら…。
いろんなことに使えそうなんだけどなぁ~ もったいねぇもったいねぇ。

 

【まとめ】
地下道が知名度を得て、しっかりと利用されるまでには、かなりの時間を要する。
無人空間が好きな人は、対象が知名度を得る前に、さっさと堪能すべし。

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2010/07/13

船場ビルディング

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大阪ではかなりの知名度を持つ近代建築「船場ビルディング」。
公式ホームページも存在し、公開時間も定められているなど、建築好きにやさしい存在です。

今年の5月に訪れた際は日曜日だったので、残念ながら閉鎖されていたんですが、2ヶ月の
スパンを置いて、またも来阪する機会を得たので、朝7時、開館とほぼ同時に潜入してきました。

 

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エントランス部分。
緑色の電話ってのも、あまり見かけなくなりましたが、これはレトロって意味ではないですね。
さっきから写真が右に傾いているのは、私の普段の姿勢が悪いからです、たぶん。

 

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エントランスからも見えてましたが、船場ビルディングの一番の売りは、この中庭です。
ビル内のほとんどのテナントは、この中庭に面して位置しています。
雰囲気に魅せられて集まったアート系のテナントが多くありますが、電設や香料の
会社なんかも入っていて、決して芸術集合体といったわけでもありません。

 

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植物はとてもよく手入れされています。
古い雑居ビルは、テナント側の自治意識に任せられて、かなり汚くなっているところも
多い中、ここは管理者側の意識が非常に高いんでしょうね。

 

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晴れた日は、このベンチでお昼ごはんを食べたいけど、すぐ目の前には見ず知らずの会社が
あるわけで、外部利用者には座りづらい雰囲気。

 

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中庭から地下にも入れます。
手すりが無骨でいいですねぇ。
地下のテナントは、建築家の紹介サービスを行なっている会社だそうです。

 

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2階部分からの眺め。
中庭はガラス張りというわけではなく、当たり前のように梅雨らしい大粒の雨が降り注いでます。
濡れた葉っぱの色が綺麗。

 

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ありがちありがち。
こういう写真、非常にありがち。
だって、どうぞ撮ってくださいって感じで、たくさん置いてあるんですものw

 

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エントランスに戻って郵便受けを見る。
親切にビルの成り立ちが書いてあって、実にユーザー(?)フレンドリー。
ポストは名前が貼られていないところが3~4ヶ所ありますが、入居待ちの企業もたくさんあるらしいので、
きっと今は満室なのでしょう。
今回は土曜の早朝だったため、誰一人として見かけることはありませんでしたが、ここが賑やかになってる
風景も、また見てみたいかも。

船場ビルディング


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2010/05/02

見た目は新しいけど… (近三ビル@日本橋室町)

日本橋の日銀本店の近くにある近三ビル(旧森五ビル)。
パッと見、非常にシンプルで現代的(?)なデザインになっていますが、実は昭和6年に
建築された、れっきとした歴史的建造物です。

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私もこの界隈は頻繁に散歩しているので、ビルの存在だけは前々から知っていたのですが、
正直、1階テナントの青い看板の下に見える「東京都選定歴史的建造物」の案内板がを見つける
までは、そんなに古いビルだと思いもしませんでした。

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まぁ、こう見たって築80年近いとは思いませんよね。
最初は後年に外面だけリニューアルしたのかなって想像していたのですが、何度か
改装はしているものの、オーナーさんの意向で、建築当時の外観はほとんど変えて
いないそうです(最上階は増築だったかな?)。
昭和6年当時でこのデザインは、かなりの存在感があったでしょうね。

ちなみに、建築当時の外観を大きくリニューアルしたビルとしては、大阪にある
天六阪急ビル」があります(2009年6月撮影)。

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大正15年完成のこちらのビルは、40年ほど前まで阪急電鉄のターミナル駅だった建物です。
裏手にまわると、今でも当時のホームが残っていたりして、なかなか興味深い構造をしていますが、
残念ながら、この記事を書いてる時点で、既に解体工事が始まってしまったようです。
裏側の写真は、また別の機会に載せようかと思います。

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さて、場所を戻して近三ビル。
エントランス前にこんな形でビル名を出しているのって、なんか珍しいですね。
一応、壁面にもビル名があるんですが、ひたすら前を見て歩く人に対しても自己主張を
していくパワフルなビルってことでしょう。

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中に入って驚かされるのは、この天井。
壁や照明には、それほどのレトロ臭は感じないのですが、とにかく天井の
タイル画が凄いことになっています。

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ドイツ製ガラスを使用したタイル画。
いまいち、何を表現しているのかはわからないんですが、とにかく凄いってことはわかります。
これ、剥がれ落ちてきたりしないんでしょうか?
見た限りでは、剥離してる部分は見受けられなかったのですが、しっかりと補修が繰り返され
ているのであれば、オーナーさんの建物に対する愛情も深いんでしょうねぇ。
今後も末永く使用し続けていただきたいものです。

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最後に。
1階テナントのスポーツグッズ専門店は、なんだか高級スーツ店のような雰囲気を醸し出していました。

建物の雰囲気を無視した店作りをするところも多い中、こういう既存の内装を生かした雰囲気作りを
しているのは好感が持てますね。

 


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2010/05/01

立ち退きが完了した高架下 その2 (京成電鉄@新三河島)

一昨日、ちょいと見てきた町屋駅界隈の高架下ですが、今日はJR西日暮里駅前の
ガードあたりから、尾竹橋通りを渡る花の木のガードまで歩いてみました。

100501_173642

早速見つけたのがこれ。
右書きで「南米食堂」とあります。
南米料理の食堂なのか、米を食わせる南さんの食堂なのか、よくわかりませんが、
高架のコンクリに直接へばり付いてる看板って珍しくありません?

ネットに載っている情報が正しいならば、この看板の主は戦後にこの場所から道灌山通りへ
移転し、昭和40年代頃まで営業していたそうです。

耐震補強工事で立ち退いたわけではなく、何十年もこの状態だってことですか…。
周りの柱は綺麗に腹巻がされてますけど、この看板だけは残されたってのは、
なにか京成側にも思うことがあるんでしょうか?

 

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続いては、こちら。
また、民家があった時代の名残りである「貼り紙」ネタです。

全体的に見て、ヤングジャンプの広告もあったりして、そんなに古い感じはしない新聞紙。
ただ、別の部分を拡大してみると…

 

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これ見つけた時、思わず「はぁ~...」って溜め息が出ちゃいました。
海部総理の後継として小沢氏の名前が挙がり、それを固辞したって記事ですから、
1991年10月の新聞ですね、これは。
確か、この直後に、いわゆる「小沢面接」というのが岩手で行われたはずです。

20年近く経ってますけど、形はどうあれ、政治ニュースの主役が現在も変わってないってのは、
なんとも妙な話ですね(;・∀・)

 

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最後はこれ。
まぁ… 補強工事しなきゃならないなってのも、よく理解できますね。

 


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2010/04/29

立ち退きが完了した高架下 (京成電鉄@町屋)

私が荒川区の町屋に引越してきたのは、今から3年前の2007年。
当時、町屋界隈の京成電鉄本線の高架下には、10軒以上の店と民家があり、
建設年が古い割には、それなりに活気のある場所でした。

しかし、既に始まっていた立ち退きが一昨年あたりから加速し、今となっては、
最後まで残っていた酒屋さんも移転をして、スッカラカンです。

 

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立ち退きの理由は、柱の耐震補強です。

白く囲われているのは、既に工事が完了した柱でしょうか?
昭和6年の開業当時から変わらない高架設備ですので、コンクリの地肌を見ると、
かなり歴史を感じます。
そして、なんとなく貧弱な太さ。

 

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千住大橋方面へ伸びる高架。

ほぼ全てがフェンスで囲まれ、中には入れないようになっています。

 

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このようなコンクリ直書きの広告も残っていたりします。
電話番号が「03-3」ではないものの、そんなに古いものではなさそうなので、
開業当時のものではなさそうです。
それにしても、何の店なんでしょう?
肝心なところが剥げてしまってる…。

 

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立ち退いた跡がハッキリと分かる場所。
確か、ここは洋食屋の「えどや」があったところです。
今は尾竹橋通り沿いのマンションの商店スペースに移転して営業されています。

 

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途中、都電荒川線が下を潜ります。
ここにもコンクリ直書き。
こちらは都交通局が路面電車敷地内に自転車を放置することを禁ずる文面でした。
いや、自転車に限らず、それはどう考えたって、それは駄目でしょ。
わざわざ書かなきゃならないような状況があったんでしょうか…?

 

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この上が町屋駅のホーム。
僅かですが、電車の台車部分を隙間から覗けます。
これも「電チラ」の部類に入ったりしますかね?
この隙間だけで車両型式が分かる人がいたら、かなりの鉄ヲタ。

 

100429_140615

ここは民家があった場所だったはず。
家だった部分は全くと言っていいほど残っていませんが、玄関扉のレールだけが
妙な存在感を放っています。

家が無くなっても、これなら間口税が徴収できますね(詳しい算出法は知りませんが)。
こういった物件が、他にも何箇所かありました。

 

copy_100429_140417 

そんな高架下民家の跡地で見つけたのがこれです。
京成線の道床の直下、高架下の梁の部分に何かが貼られています。

 

100429_140454 - コピー

拡大したのがこれです。
びっくりするほど、生活感が溢れてますね…。
しかも、はっきりは見えませんが、数十年前の芸能情報誌から切り抜いたと思しきもの。
下段のキャラクターは一体なんでしょう?
浦安の鼠さんとも違うし、のらくろって感じでもないし…。

とりあえず、京成の人がこんなところに雑誌の切り抜きを貼る理由が全くありませんから、
かつて、この重厚なコンクリが露出した部屋で暮らしていた人がいるってことでしょう。
想像するに、子供部屋。
もしかしたら、その「子供」も、この場所を去って数十年経っていのかも知れませんが、
まさか、この21世紀に再び露出することになるとは、どこかで暮らしているであろう「子供」も
びっくりでしょう。

見つけたこちらは、もっとびっくり。
というか、感動。
今はフェンスに囲まれて近づけませんけど、いつか間近で貼り紙を確認したいですね。

 

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この界隈で、最後の立ち退き工事が、そろそろ終わります。

耐震補強工事が終わった暁には、また新しいガード下建築が誕生するんでしょうか?
それとも、問題化する放置自転車を解消するために、大規模な駐輪場でも作るのか。
自転車問題は本当に深刻なんですが、高架下建築好きとしては、またここに住宅を
建ててほしいですね。無理とはわかってても。

 


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